Michiyo Tomioka
URL: www.orunica.com
MAIL: send mail
© orunica All Right Reserved.
world map
Loading...

2008年10月Archives

誰もが行く、必至のごはん屋。

すんごい旨いスープが飲めるというので、
宿のみんなでトラックに乗り、街のはずれまで足をのばした。

待つこと20分、意外に長い・・・腹が鳴るよ~。
そしてついにやってきた噂のスープ。

↓ダハブの名物、海鮮スープ。

20081031-01.jpg

うん、こりゃ旨い!
見た目より全然さっぱりしていて、中に入っているあさりがまた、うまーい♪
久々の海の味に身も心もほんのり。

↓もう1つのおすすめ、イカフライ。

20081031-02.jpg

イカの柔らかさは残念ながら失われ、ややゴムっぽかった。
けど、
これはこれとして旨い。と思う。
味も濃いめで、ご飯っていうよりお酒のおつまみに合うかな。

ということで、魚介のスープに軍配!
これはまた、飲みにこよっと。
October 31, 2008
Posted by michiyo at 11:59 PM | Comment [0]

ダハブの海、アイランドへ。

今日は友達がファンダイブをするというので、
すかさず、ご一緒させてもらった。

と言っても、
私はシュノーケルで、上から潜っている彼らを追いかける。
というもの。

ダハブの海はアウトリーフがすぐ目の前なので、ダイビングはもっぱらビーチ・エントリー。
こりゃシュノーケル派の私にとっては、この上なく好条件。
だって、ダイバーと同じ海の中をシュノーケルでいけちゃうのだから、
さらにボートが海にいないので、「あっちいけ、あっちけ。」をされないときた。
あとは、海のクオリティに期待!

ダイブマスター翼氏に連れられ、、いや、勝手について行ってるんだけど。
Islandの海の中へ。

20081029-01.jpg

うん、なかなか良い!
珊瑚の状態も良く、魚も結構いるし、砂浜と珊瑚のバランスもキライじゃない。
しいて言うなら、珊瑚礁が巨大で、海面に突き出ているところがあり、
そこに出くわすと、進路が閉ざされてしまうのが、若干気になったくらいかな。
だって、海の中で行き止まりにあうと恐怖を感じてしまうから。
(でも後で「だからアイランドなんだよ。」って言われた。・・・なるほどっ。)
もっと地形を把握したら、かなり楽しめそうなポイントになりそうだ。

時期が時期なだけに、40分も泳いでいると寒くて鳥肌がたったけど、
そこそこ風も強く波がたち、シュノーケルの私はかなり首をやられたけど、
そんなことで、あがった時はフラフラだったけど、
気持ちいい〜♪
やっぱ海は最高だなぁ〜♪

今日の天気は、晴れてはいるけどやや曇り。
もうちょっと晴れてたら、もっと色鮮やかでキレイなんだろうな。

20081029-02.jpg


October 29, 2008
Posted by michiyo at 2:06 PM | Comment [0]

無事、ノースタンプ! エジプト入国。

早朝、エルサレムからバスに乗って、国境の街エイラットに到着。

イスラエル側の国境で、「ノー・スタンプ・プリーズ!」
エジプト側の国境でも、「ノー・スタンプ・プリーズ!」

ついにやり遂げた。
これで、イエメンに行けるぞ〜。

エジプトの国境の街ターバから、
コレクティーボで一気にダハブに向かった。
走ること4時間・・・意外に長い。
ダハブに着く頃には、もう19時をまわっていた。

宿を探すも、安い部屋はどこも満室。
外のマットならタダで寝ていいよ、とか言われたけど・・それはない。

唯一、ウェルカムだった日本人宿「ディープ・ブルー・ダイバーズ」へ。
でもこの宿、ダイビングするのが必須条件なんだよね〜。
私、やるかな、ダイビング??

まぁいっか。
ってことで、とりあえずこちらにお邪魔することにした。
October 28, 2008
Posted by michiyo at 7:57 AM | Comment [0]

イスラエルの最先端、テルアビブの街。

テルアビブ:
イスラエルの経済・文化の中心地かつ中東有数の世界都市。(ウィキペディア)

世界都市?

とにかくスゴそうだ。
やっぱり、最先端も見ておかないと!
ってことで、悩んだけど行ってみることにした。

聞いた話では、
テルアビブの職安では、住民を指紋認証で管理しているんだそう。
スゲー/
そういった意味では、日本より技術が進んでいるね。
・・・いや、そういった意味じゃなくても、進んでいるのか、もはや。

↓高層ビルがいっぱい。

20081027-01.jpg
↓テルアビブには海岸もある。

20081027-02.jpg
うーん、特に面白くない。
刺激も、特にない。
むしろ竹下通りみたいな通りがあって、普通にお買い物をしてしまった。

帰りは、外国人街によってみた。
多人種が闊歩し、なんとなーくダウンタウンの雰囲気を醸し出している。
ドキドキしながらも、なかなか面白かった。

↓オススメの豚まん屋に行くと、みえこさんが!

20081027-03.jpg
ついに、イスラエルの旅も終わりだなぁ。
October 27, 2008
Posted by michiyo at 7:19 AM | Comment [0]

Hebron vol.2 街の中。

ユダヤ人地区から出ているユダヤ人専用のバスに乗る。
当然の如く、中にいるのは全員ユダヤ人(このときは学生だった。)
私たち4人は、完全に浮いていた。
完全なるAWAY感に、写真を撮る勇気がでず・・・無念。

乗ること1時間、キリアット・アルバに到着。
・・・したものの、ここがドコだかわからないぞ。
道行く人に「アブラハムモスクはドコですか?」と訊ねるも、玉砕。
(知らないわけないだろうがぁぁぁ!)

なんとか地図を頼りに、それらしい道に出た。
そして、なんとなくの境界線を越えると、景色が一変。

↓オリーブ畑から見た、キリアット・アルバ。

20081026-01.jpg

パレスチナ人地区に入ると、こと人が親切になった。
アブラハムモスクはこっちだ!こっちだ!と案内してくれた。

↓ヘブロンのパレスチナ人居住区。

20081026-02.jpg
↓またまた検問。

20081026-03.jpg

もうすぐ目の前にはモスクが見えているのに、
通れない道が多くて多くて、なかなかたどり着けない。
ぐるぐる徘徊し、やっとパレスチナ側のモスクの入口に到着。

↓意外に質素だったモスクの中。

20081026-04.jpg
↓対してこちら、ユダヤ人側のモスク。
モスクの前には大きな広場があり、えらい違いだな。

20081026-05.jpg
↓中に入ると、ちょうど課外授業にきているユダヤ人学生?を発見。

20081026-06.jpg
イスラエルには、そう兵役義務があり、
男子は18歳〜35歳か40歳かの間に(忘れた。)2年間の兵役を勤める。
なので、若い子からおっさんまでいっぱいいた。
でもその中にいた若い男の子、完っ全に授業を聞いていなかったな。
無駄にお洒落さんだったし、ちょっとイケメンだった。
やっぱ若い子は興味ないんだろうなぁ、そんなことよりお洒落?
ちなみに女子は、高校卒業したあとすぐ18〜20歳と決まっているそう。

↓どうしても目がいってしまう、このお皿。

20081026-07.jpg
↓熱心な方々も。

20081026-08.jpg
モスクを出て、旧市街に行ってみることにした。
すると兵士を発見!

↓左の道がユダヤ人専用の道。

20081026-09.jpg
↓こんなもんで、道を隔てている。
ちなみにパレスチナ人は奥には行けない。
もしこの隔たりをまたごうとしたら、、撃っちゃの?

20081026-10.jpg

旧市街に一歩足を踏み入れると・・、そこはまるでゴースト・タウン。
こんな寂しい旧市街があっていいのだろうか、、聞いていた以上だった。

お店もほとんどが閉まっていて、歩いている人もちらほら。
観光客はほぼいなかった。
・・・これじゃあ、暮らしていけないよ。

↓荒廃した旧市街。

20081026-13.jpg
↓旧市街のメイン通り。

20081026-11.jpg
さらに旧市街のメイン通りの上には、ユダヤ人住居。
勝手に住み始めてしまったらしく、上からの嫌がらせがあるらしい。
それを避ける為に通りの上には金網が。

↓通りから上を見上げる・・・破れてますけど。。

20081026-12.jpg
↓サッカーゴール。先に見えるは、分離壁。

20081026-16.jpg

ヘブロンに住むパレスチナ人のお宅にお邪魔することになった。
家に向かって歩いていると、早速ポリスに止められた。
どうやら、観光客を引き連れて何してるんだ?!ということらしい。

↓IDチェックを受ける。

20081026-14.jpg

お宅の入口に着くと、子供たちが賑わっていた、なんだ?

↓うかれる子供たち。

20081026-15.jpg
ちょうど赤十字から物資が届いたらしい。
ヘブロンでは、もはや自分たちの力では生活ができず、
毎月こうやって送られてくる救援物資で、なんとか生活しているのだ。
と語ってくれた。

話を聞かせてくれた男の人は、30歳くらいの人で、
かれこれ10年、働いていないという。
働きたくても、働かせてもらえないのだという。

生活ができなくなって、去っていった家族がたくさんいる。
ここに残っている家族も数十世帯になってしまったと。

深刻過ぎて、返す言葉も見つからない。しかも英語でなんて。
もはや聞くしかなかった。
トドメには、救援国のメンバーに日本が入っていないのは何故だ?
と問われ、立ち去りたい気持ちになった。

重たい重たい帰り道、
ふと脇道を見ると、兵士が銃口をこちらに向けていた!
さすがにビビった。
もし手をポケットに突っ込んだら、どうなるだろう?
なんて考えつつも、むしろ両手を振り上げ、お行儀良く歩いてしまった。

やっぱ、拳銃。こわい。
October 26, 2008
Posted by michiyo at 6:35 AM | Comment [0]

Hebron vol.1 街の地図。

アブラハムのお墓があるヘブロンの街は、
ユダヤ教、イスラム教の聖地であるため、たびたび住民間の抗争がおきるなど、
深刻な問題を抱えている。

手書きの地図を書いてもらい、
今日は、そんなヘブロンの現状を見に行った。

今日のコースの見所:
1、ユダヤ人バスに乗って、ユダヤ人居住区ツアー。(入植地:キリアット・アルバ)
2、ユダヤ人にいじめられている家を遠くから眺める。
3、アブラハムモスク
4、旧市街を歩く。
5、ユダ歩道を歩く。
7、パレスチナ人のお宅訪問。
6、アラブ地区から、アラブバスに乗って帰る。

以上。

↓ヘブロンの地図。

20081026-0.jpg

October 26, 2008
Posted by michiyo at 1:43 AM | Comment [0]

ナブルスの村で、オリーブの収穫。

10月のこの時期は、どこもオリーブの収穫で忙しい。
とくに金曜日は、パレスチナの人々にとって、その収穫にとても苦労するそうだ。
なぜなら金曜日は、ユダヤ人の安息日だから。

というのも、
オリーブ畑の山頂には、例によって入植してきたユダヤ人が住んでおり、
安息日に何もできないユダヤ人にとって、金曜日はこと暇らしく、
たまに暇つぶしがてら、収穫をしている村人に向けて、銃を撃ってくるのだそう。

そんな理由で、
山頂付近のオリーブの収穫は彼らを気にしながらの作業でとても大変。
でももしその収穫に外国人がいてくれれば、彼らも悪さをしにくくなるので、
すごく助かるらしかった。
(もちろん純粋に手伝ってくれるだけでも助かる。)

ということで、
今日はみんなとオリーブ摘みのボランティアに行ってきた。

↓ナブルスの村に到着すると、また検問があった。

20081025-01.jpg

↓検問からオリーブ畑まではタクシーで移動。やっと畑に到着!

20081025-02.jpg

↓初オリーブ摘み、コイツを捥ぐぜ~。

20081025-10.jpg
↓シートを木の下に敷き、ひたすらオリーブを落としまくる!!!

20081025-03.jpg
↓シートにたまったオリーブをカゴに入れる。

20081025-04.jpg
↓いらない葉っぱや枝を取り除く。

20081025-05.jpg
↓ふるって砂を取り除き、これで1ケース完成!

20081025-06.jpg
↓家族のお母さんの手料理をごちそうになり、ちょっと休憩。

20081025-07.jpg
日が暮れるまで、
ボコボコボコボコひたすらオリーブを落とし、
シートからはみ出たオリーブを拾い、いらない葉っぱや枝を取り除き、
久しぶりに無心でひたすら働いた。

↓砂で白くなった手には、枝ですれた痕がいっぱい。

20081025-11.jpg
体にくる、じんわりとした疲労が、すごく気持ちよかった。
村の人たちと、一緒に働けて良かった。
山頂のユダヤ人には興味があったけど、そんなことはもうどうでもよかった。
オリーブに対して、かなり親近感が湧いた。

↓ちょっとだけ、持て帰ってきたオリーブ。

20081025-12.jpg

翌朝、
いつものように宿の前ではオリーブが売られていた。
それを見て、

カチンコチンになったオリーブが混ざっていても、
腐ったオリーブが混ざっていても、
ゆるす!

今までと違う、自分がいた。

20081025-13.jpg
October 25, 2008
Posted by michiyo at 10:50 PM | Comment [0]

ビリン村、非暴力デモ。

ビリン村では今、
分離フェンスの建設に反対するデモ活動が行われている。

が、すでに建設は始まっており、刻一刻と壁はできていっている・・・
このままだとビリン村も、ベツレヘムと同じようになってしまう。

すでに村の人々は3年以上もデモ活動を続けている。
でも、ここイスラエルで、彼らの声は決して届かない。
何人いても、何十人いても、何百人いても、
決して届かない自分たちの声に、彼らは気づいていて、
だから世界中からの助けが必要だという。
理由はなんでもいい、とにかくデモに参加して一緒に戦ってほしいと。

これを知って、デモに参加する外国人が毎週何十人もいる。
そして、今日は私もそのひとり。

↓デモ行進。が、道に迷い、、すでに始まっていた・・・ガクリ。。



大人たちがデモ行進をする。
その横で、子供たちが石を投げる。
すると鉄柵の向こうから、催涙弾が投げられる。
時には銃が撃たれることもある。
人々は一斉に逃げる。
そしてまた行進をする、その繰り返し。

あまりの非日常の光景にリアリティが湧かない。
でも、ここでは現実なのだ。

催涙弾は、想像以上に強烈だった。
遠くに落ちた涙流弾の煙ですら、目の痛みと喉の痛みにもがいた。
もしこれを近くで浴びていたなら、堪え難い激痛と呼吸困難に襲われただろう。
こんなものを投げているなんて・・・。

催涙弾の煙で覆われた大地。
ここに暮らす人々は?ここに植えられているオリーブは?
すでにビリン村は破壊され始めている。

私たちがデモに参加することで、
自分たちの安全が少なからず確保され、国際問題へまた一歩近づく。
「ありがとう。」と、彼らは言った。

↓鉄柵の向こうには、拳銃を構えた軍隊が。

20081024-01.jpg
20081024-02.jpg ↓子供たちは、何を思う?

20081024-03.jpg
↓勝利の日を願って。

20081024-05.jpg
October 24, 2008
Posted by michiyo at 11:45 PM | Comment [0]

ユダヤ人的発想とは。

夜も更けた頃、みえこさんのツアー第2弾が勃発した。

今回のツアーは3時間のロングコース、
オリーブ山を登りつつ、帰りにユダヤ人にいじめられている村を見に行こう!という内容。
時すでに23時、これは危険というより、むしろ貴重な体験になりそうだ。

ということで、夜のエルサレムを4人でお散歩♪

↓宿の近くのユダヤ人地区にある学生アパート。洗濯物が黒、黒、黒、だいたい黒w。

20081023-11.jpg
オリーブ山へ向かうのに旧市街を通った。
ダマスカス門から入ってライオン門を抜けると・・・その先は、なんと墓地!
(城壁を挟んで、岩のドームのちょうど裏ぐらいの場所。)
墓地を歩きながら、その荒廃っぷりに驚いた。誰もお参りに来ないのかな?
と思いきや、実はここ。
パレスチナ人のお墓で、その家族たちは国を追われ、帰りたくても帰ってこれないんだって。
だから、お参りにも来れず、お墓はそのままの状態なのだと。

なんだか切ない気持ちになった。
城壁を見上げれば、監視塔から拳銃をこっちに向けて、威嚇してくるユダヤ人がいる。
なんだかなぁ。

いよいよ、オリーブ山へ。
とその前に、オリーブ山の麓付近にある、荒廃した小さな教会を案内してもらった。
この教会、発見された時には、すでに盗賊に襲われ、中のものをごっそり盗まれてしまった為、
いったいここが誰のお墓だったのかわからないんだそう。

というのが、この教会の真相なんだけど、
これまたイスラエル政府、勝手にこの教会はイエス・キリストの墓だったとかなんだとか、
だから、自分たちの祖先の墓、つまり聖地なんだとかなんだとか。
そうして、ユダヤ人による聖地を取り戻そう運動が、ここでも行われているのだそう。
今、オリーブ山はパレスチナ地区で、当然イスラエル政府はこの地が欲しいのだ。
(オリーブ山の近くには大事な水脈があり、それが実は欲しかったりと。政治的な匂いが。)
そうか、こうやって名目をつくってはありえない行動を起こし、
パレスチナの土地を、どんどん自分たちのものにしちゃっているわけか。
政府がユダヤ市民を洗脳する、かぁ。

オリーブ山は、急な坂道で結構キツかった。
脚力の乏しい私は当然ビリで、やっと山頂に着いた頃には、もう下山が待っていた(泣。

↓途中にあったお墓。

20081023-12.jpg
↓山頂から旧市街を見る。

20081023-13.jpg

帰り道は、旧市街のすぐ裏にあるムスリムの人々の村に立ち寄った。
この村にもユダヤ人が入植していて、ほかのムスリムの家とは明らかな違いがあり、
そのユダヤ人の家には、二重扉、二重窓、そして防犯カメラがついていた。警備員までいるところも。
そんなにおびえてまで、なぜここに住む?
でもって、その入植したユダヤ人たちは、近所に住むムスリムの人々に悪さをしているのだそう。
って、なんじゃそりゃ。
その悪さ、時には死をよぶらしい。なのにそれは罪にならないって、
普通に、普通におかしい。

その村のてっぺんは、どーいうわけか旧市街の入口に繋がっていた。
今日は金曜日ということで、嘆きの壁には信者達がこぞってお祈りにやってくるのだそう。
ということで、寄って帰ることにした。

↓嘆きの壁には、正装でキメた信者たちがいっぱいだった。

20081023-14.jpg

おまけ。
城壁の門には、直径1mくらいの鉄の球体が置いてある。
これ、何かっていうと、危険物を処理するためのものなんだって。
没収したものや、誰のかわからない物や、危険そうなものは何でも、この球体の中に入れて、
ボンっ!って爆発させちゃうらしい。
だから旧市街に落とし物は存在しないのだそう。

もはや、その発想、お見事ですw。
すごいなぁ。ほんと。
October 23, 2008
Posted by michiyo at 11:55 PM | Comment [0]

嘆きの壁、エルサレム旧市街。

4つの宗教が存在する、エルサレム旧市街。
ムスリム地区、ユダヤ人地区、キリスト教徒地区、アルメニア人地区。
・・・全く想像がつかない。
ということで、とりあえず歩いてみました。

↓城壁には5つの門があって、そののうちのひとつ、ダマスカス門。

20081023-01.jpg
↓ムスリム地区。なんとなく薄暗く、建物も道も所々汚れていた。

20081023-02.jpg
20081023-03.jpg
20081023-04.jpg
↓ユダヤ人地区。比べものにならない程、キレイに整えられていた。

20081023-06.jpg
20081023-05.jpg
どこからどこまでがムスリム地区なのかわかるかな?ーなんて思っていたけど、
その視界の変化に一目瞭然。(は、ちょっと言い過ぎだけど。)
同じ旧市街にあって、こんなに違っていいのだろうか?
当然ながら物価も違った、悲しいことに人当たりも違った。。。

↓いよいよ嘆きの壁へ。



嘆きの壁では、男女で祈りの場が分けられていたので、
当然女子の私は、あの男性陣の祈りを遠くからしか見ることができず、、、無念。
あの衣装、あのもみあげ、あの祈り、もっと間近で見たかった。

20081022-14.jpg
20081022-15.jpg

↓岩のドーム。
高台にあり、ここエルサレムにあって、めずらしく清々しい気分になれた場所。
ただ午前と午後の2回のみと入場規制が厳しく、入ろうとするとかなり並ぶ。

20081023-10.jpg
↓聖墳墓教会。イエスの墓があったとされている場所。
あまりの人の多さに絶句。そのせいか(?)正直、見応えもいまいち。

20081023-08.jpg
20081023-09.jpg

↓セレモニーで使われる十字架。
イエスが十字架を背負って歩いた道を、みんなで歩くというセレモニーが行われる、らしい。
ちなみに私は見そこねた。

20081023-07.jpg

こんな感じで、ひとまわりしてみたけど。
異なった宗教、異なった人種、異なった生活、大きく異なった価値観と、
旧市街にはそれがギュッと詰め込まれていて、そこにさらに観光客がドッと押し寄せる。
この壁の中は、ものすごいことになっていた。
すごいところだなぁ、こりゃ応えます。
October 23, 2008
Posted by michiyo at 12:27 PM | Comment [0]
1|234 >
« 2008年9月 | Main | Archives | 2008年11月 »